大判例

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神戸地方裁判所 昭和24年(タ)22号 判決

原告 小寺祐正

被告 小寺英子

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「原告と被告とを離婚する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として「原告は昭和一八年三月岡村重之の媒酌により被告と結婚式をあげ、同年五月一日婚姻届出を了した。しかして原被告間には昭和一九年一月長女弘子が、ついで昭和二二年一月長男一正が生まれたが、一正は昭和二三年二月一四日死亡した。然し原告は、今となつては次のような事由で、被告との結婚を続けて行くことができない。即ち、原被告は結婚以来原告方でその両親と共に共同生活をなし、終戦当時までは夫婦仲もよく、家庭にもさしたる不和がなかつたが、被告はその頃から何等の理由もないのに無断で度々実家へ帰つたり、事毎に原告の両親に反抗して暴行をあえてしたり、家事一切を顧みないようになり、ために原告の被告に対する愛情が薄れて行くと、原告に対してもあらぬ嫉妬をして暴言をはき、はては実母と共に原告やその母の悪口を原告の勤務先兵庫県有馬郡道場小学校や有馬地方事務所に言いふらし、ついに原告をして八ケ年勤続の右小学校より同郡三田小学校へ転任することを余儀なくせしめるに至つた。その二、三の例をあげると、

(一)  昭和二一年三月一四日原告と母が病床にあつたのに、些細なことから母と口論してそのまま実家へ帰り、

(二)  同年夏頃原告の父安吉が嫁としての行いをさとすと、同人に対して座布団を投げつける暴挙に出で、

(三)  同年秋頃原告の母が長女弘子を抱いていたとき、些細な事で口論して母を突き倒し、

(四)  昭和二二年春頃原告の母と口論して母に弁当箱を投げつける暴行をなし、

(五)  同年五月一五日無断で実家に五日間程滞在して夕方帰宅し、一言の挨拶もしないため原告の母にたしなめられたとき、同人に対して逆に出て行けというような暴言をはき、

(六)  昭和二三年夏原告が被告の実家より贈られた西瓜を親戚へ分与したところ、出かけて行つてそれを取り戻す非礼をあえてした。

このような被告の一つ一つの行為それ自体は、これを取り立てて云う程のことではないかも知れないが、原被告双方の性格が到底融和し得ないものであることに基因しているのである。原告は、既に昭和二三年始頃から被告との夫婦生活を絶つている程で、今や被告に対する愛情を全く失い、被告との結婚をこれ以上継続して行くにたえないから、婚姻を継続し難い重大な事由があるものとして被告との離婚を求めるため本訴に及んだ。」と陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。との判決を求め、

答弁として「原告主張事実中原告と被告が昭和一八年三月結婚式を挙げて同年五月一日婚姻届出をしたこと、原被告間に昭和一九年一月長女弘子が、昭和二二年一月長男一正が生れたが、昭和二三年二月一四日一正が死亡したこと、原被告が結婚以来原告方でその両親と共に共同生活をしてきたこと及び昭和二三年始頃から夫婦生活をしていないことはこれを認めるが、その余の事実はこれを否認する。即ち、被告は原告と同じ道場小学校の教員として勤務していた関係上相互に気心や家柄も判つていたし、その上遠縁の間柄であつたので、人の勧めで結婚したが、原告方は三田町有数の旧家であるため、予想以上に封建的な家庭であつて、被告が結婚以来なれない農事を手伝いつつ従順に仕えてきたにもかかわらず、原告の両親殊に母は日常箸の上げ下しにつけ口やかましく、事毎に被告につらく当り、昭和一九年一月長女弘子が生れてからは原告との夜間の同床を禁じ、はては家風に合わないとの理由で被告を追い出そうとはかるに至り、一方原告は両親に従順なあまり被告の立場を理解せず、被告と両親との間に事ある毎に被告に暴行の限りをつくして虐待し、昭和二二年頃からは糸山ひさゑ、棒田ふゆ等の女性と交渉を持つて被告を顧みないようになり、昭和二四年一月頃には被告が原告の母と些細な言葉のやりとりをしていたとき、いきなり被告の顔面を殴打して傷害を与え、ついには同年五月頃被告を実家へ追い帰し、被告方へ復帰せんとするや多数人の暴力で被告を警察署へ連行するの暴挙をあえてした。かくて被告はじ来やむなく原告方を離れ肩書地で小学校教員として別居生活をしているが、原告や長女弘子に対しては愛情切なるものがあるので、更によき妻、良き嫁となるべく、自ら足りなかつた点を反省して、一日も早く原告方へ復帰できるようになることを待望している。原告と被告との結婚生活が現在破綻に瀕していることは争わないが、それは以上のように専ら原告の責に帰すべき事由に基くものであり、また原告は双方の性格が融和性のないものであると主張するが、それは単に被告の追出を合理化する口実に過ぎないのであるから、いずれも原告の離婚の請求を正当化することにはならない。依つて原告の請求は失当であるから到底棄却を免れない。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告と被告とが昭和一八年五月一日婚姻届出をした夫婦であること、原被告間に昭和一九年一月七日長女弘子が、ついで昭和二二年一月一日長男一正が生れたこと及び一正が昭和二三年二月一四日死亡したことは、その成立を認むべき甲第一号証(戸籍謄本)によつて明かであつて、被告本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第一ないし第六号証に、証人西田正之助、上坂直次、角西栄一、田中まさゑ、中塚光男、歳内利雄の各証言、証人前岡常治、小寺こうの各証言の一部及び原被告双方本人の供述の一部並びに弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実を認めることができる。

原告と被告とは昭和一六年八月頃から兵庫県有馬郡道場小学校に教員として共に一ケ年半ばかり奉職していた関係上、相互に気心や家柄も判つていたし、その上遠縁の間柄でもあつたので、人の勧めによつて昭和一八年三月結婚式を挙げ、じ来同郡三田町の原告方でその両親と共に生活するようになつた。

しかして当初の一年余りは夫婦仲も円満で、家庭にもさしたる風波が起らなかつたが、原告方が三田町有数の旧家であるため、その両親は相当封建的な家風を身につけていたのにひきかえ、被告は現在道場村長をしている父と師範学校を出て小学校教員をした経歴と開放的性格の持主である母との間に、比較的自由に成長し中等教育を受けて教員をしていたものであるから、相互の立場を理解していたわり合うように心掛けない以上、その共同生活にはもともと無理があつたのに、原告の両親(父は昭和二三年八月死亡)殊に母親は、日常些細な事につけ被告に対して口やかましくいうようになり、これに対して性格の強い被告は何事にも忍従するという風ではなく反駁する度合も多くなつて時々無断で実家へ帰るようになり、両親と被告との間は次第に険悪となつて行つた。ところが、ひたすら両親に従順で、どちらかというと自己のうちにとぢこもるといつた性格の原告は、母を良き姑とし妻を良き嫁として家庭を明るくするという一家の主宰者たる努力を払わないで、被告がなれない女手で田三反歩畑一畝歩余りの農事を手伝いながら、不十分とはいえ家事に力めているにもかかわらず、母親と被告との間に口論ある毎に、被告を罵倒したり暴行をあえてしたりし、とりわけ長女出生後、母親が性質やゝ虚弱な原告に対する深い愛着や一人息子を嫁にとられたという世間に有り勝ちの嫉妬心などから、夜間原告と被告とを別室に就寝させるようになつても、これに盲従して妻たる被告の立場を無視し、却つて索寞たる家庭に不満を抱き、昭和二二年始頃から糸山ひさゑという女性と交渉を持つようになり、ついに長男死亡後夫婦関係を絶つて全く被告を顧みなくなつたが、一方被告は健康で情熱的であるため、原告の愛情が薄れて行くと共にその女性関係についてとかくの風評を耳にしたり、あるいは糸田ひさゑとの往復書簡を目撃したりするに及んで、原告に対して激しく嫉妬したり夫婦関係を要求したりするようになり、両者の仲も著しく不和の度を増して行つた。その後原告は昭和二四年三月自らの希望によつて三田小学校へ転じたが、母や親戚の者達と共に同年四月頃家風に合わぬとの理由で被告を離別すべく決意し、一応被告を実家へ帰した上、被告の義兄西田正之助を通じてその旨を申し入れたが、被告やその両親がこれを拒絶し、被告が同年五月下旬頃復帰を乞うて原告方へ来たところ、数人の暴力によつて被告を三田警察署へ連行したので、被告はやむなく実家に帰り、その後単身肩書地へ移つて再び小学校教員をしているが、現在においても原告の愛情復活を固く信じ、原告や長女との同居生活に戻れる日を切望しているものである。

証人前岡常治、小寺こうの証言及び原被告双方本人の供述中右認定に牴触する部分は容易に信用できない。しかして右認定のように原告と被告との結婚生活は現在破綻に瀕しているが、それは大部分原告の責に帰すべき事由に基くものであり、また原告は双方の性格が融和性のないものであると主張し、右の事実からもそのように疑われる節がないでもないが、それは原告の両親や親戚の者達によつて起される雑音のために、あたかもそうであるかのような現象を呈しているだけのことであつて、似た者夫婦が必ずよいとはいえないのであるから、両者の性格が到底融和し得ないものであるとは速断し難い。ましてや被告は現在においても原告に対して切なる愛情を抱き、良き妻、良き嫁となるべく自ら足りなかつた点を反省して原告方への復帰を待望しているのであるから、原告においても同様三省するならば、将来再び夫婦として結びつく見込がないとはいえない。以上いずれにしても、婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから、被告との離婚を求める原告の請求は、失当としてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古川静夫 谷賢次 谷口照雄)

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